和太鼓ユニット「RAHULA」がつづる日々の日記
「これからもずっと」youtube
少し開いちゃいましてすいません。
「こはるのちゃんこ」制作過程、裏話も最後のお話となりました。
アルバムでもトリを務める「これからもずっと」です。
この曲は鼓巴流楽団にとって初めての多い曲でして、
まず、このデジタルアルバムの話がなかったら、
こんな雰囲気の曲にはならなかった曲です。
新しいDTM(音楽を製作するもの)を手に入れて、
少しいじると、音楽制作の幅が大きく広がりました。
鼓巴流楽団は生演奏を主体としていて、生演奏が出来るように作曲を
してきました。
それをこの曲は全く考えずに作曲・アレンジしました。
なのでやりたいこと詰めすぎて、少しごちゃっとしたのは反省です。
ピアノ・オーケストラ・コーラスだと、
DTM初心者にはてんやわんやになってしまい大変でした。
それなのにトランペット入れてみようかな~という悪魔のささやき。
入れたら入れたらまた大変になる。
とっても勉強になりました。
曲の作りもいつもと違って、
鼓巴流楽団は詩があってそこに曲を書くのが基本なのですが、
コード進行やオケ(伴奏の部分)も決まっていて、
そこに歌詞を当てはめる逆のパターンで
作曲したのも初めてのことでした。
レコーディング中にも歌詞を変更していくぐらいでしたね。
やっぱり鼓巴流楽団は作詞→作曲のほうがやりやすいかな。
曲の内容はね、歌詞は奈月が書いてくれましたが、
「たんかしそうぐ」で歌った娘への永遠の愛を歌ったっています。
あ、あと旦那さんも(笑)
なっちゃんらしいいい歌詞ですよね。
作曲の過程で原型なくなってしまいましたが、
♪たくさんの時をかけて、のサビは作曲早かったです。
曲の後半の展開も決まるの早かったですね。
そこがストっと出てきてしまったので、
他の場所、全体のバランスに苦慮しました。
まあ落ち着くところに落ち着いたかな。
アルバムのトリとしていい曲が出来たなと思っています。
今回のアルバムで、
「たんかしそうぐ」で始まり
「旅祐」でたくさんの人の命のおかげで今があること
「だってオイラは」で人間だけじゃなく他にもたくさんの命があること
「手を叩け」で色んな人たちとのつながり
「知らぬが仏」で小さいことにイライラ・クヨクヨすること
「たんぽぽじいさん」で自分の想像を超える色んな事があること
「響け」で自分も大きな命の流れの一つであること
「これからもずっと」で永遠にあなたを見守る存在があること
そんな思いでなっちゃんの娘にたくましく生きて欲しいという
気持ちを込めて各曲レコーディングしました。
もちろん「こはるのちゃんこ」を聞いてくださったみなさんが
聞いて少しでも「何か」を思っていただいて
生きる「何か」に使っていただけたら嬉しいです。
そんなところで、「こはるのちゃんこ」全8話完結です。
初めての鼓巴流楽団独自でのレコーディングで
曲も粗いしお聞き苦しいところもあるとは思いますが、
鼓巴流楽団としては小さな一歩を踏み出せて満足しています。
新型コロナウイルス蔓延という未曽有の事態の中だから踏み出せたこの一歩を大事に
鼓巴流楽団だからできることをこれからも探求して行きたいと思います。
構想中ですが、デジタルアルバム第2弾やYoutubeでの曲の配信等計画中です。
ただ、鼓巴流楽団はのんびり屋さんのため、いつになることやら・・・
という感じですが、気長にお待ちいただけたらと思います。
ではでは~
※このブログ更新も頑張ります!!と自分に言い聞かせています!!
#和太鼓 #三線 #バンド #鼓巴流楽団 #RAHULA
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不定期更新の「こはるのちゃんこ」裏話もあと2話となりました。
今回は「だってオイラは」です。
もう随分と経ってしまいましたが、ATSUSHIと史佳の実家には
黒い猫がいました。
名前をじじと言います。
黒かったので安易ですが「魔女の宅急便」のジジから名前をつけました。
兄弟にとって初めてのペットでした。
飼い始めた頃、僕は大学生でしたので、あまり家にいなかったのと、
大学中退後、神奈川県藤沢市の神童太鼓へ入会したので、
じじにとってはたまにいる男という認識だったかもしれません。
史佳はとても可愛がっており、地震などの時は、史佳の部屋のベットの下へ
避難しているぐらいだったので安心出来る人間だったのでしょう。
そうそう、書いていて色々と思い出してきました。
じじは去勢のタイミングが少し遅かったからか、
自分のテリトリーにおしっこをして回る癖がありました。
玄関はなんだか突然大きな音がする物体が通るから危険。おしっこ。
古い和室は少し暗いし、変な匂いがするから嫌だからおしっこ。
なんか人間たちが毎日出入りして、少しするとジャーって水流す場所。
よく分からないからおしっこ。
たまに帰ってくる奴の部屋、足の踏み場もないし、汚いから入りたくない。おしっこ。
と僕の部屋だけ入り口におしっこしてました。
僕の部屋はテリトリー外だったんですね。
まあ僕もじじにはいたずらばかりしていましたからね。仕方ないです。
今回の家出編のお話。もちろん実話です。
何度か脱走しましたね。遠くまで行ってしまうことはなく、
毎回おかかで釣られて捕獲されていました。
あともう少しで猫又になれたかもしれない20年生きたじじは
2015年3月21日に旅立ちました。
もうおかかでは釣れなくなってしまいましたが、
あっちこっち自由に旅していたらいいなと思います。
歌詞に「だってオイラは黒いから」ってたくさん出てくるでしょ。
じじはなんだかプライドが高くてね。
そのプライドはこんな感じで単純な理由だったんじゃないかなと思って歌っています。
史佳が歌詞を書いたのでほんとのことは今度聞いてみます。
今、原田家は親兄弟バラバラにそれぞれで生活していますが、
我が家には白と茶トラのプリン君
弟宅にはバーマンという種類の目がとても綺麗な青の霄(ショウ)くん
両親宅にはちょっと黒トラのテトくん
史佳宅にはじじと瓜二つのぶんくんが
それぞれ自由気ままに生活しています。
プリンやテトは出会ったのは生まれたての野良でした。
プリンは知り合いのお宅にほんとに生まれたての状態で
どこぞの猫さんが「頼む」と言って置いていったそうです。
テトも近所の公民館でなんとかご飯もらっていたんだって。
みんな、じじが引き合わせてくれたのかな〜。
大事に共に生きていきます。
#和太鼓 #三線 #バンド #鼓巴流楽団 #RAHULA
こはるのちゃんこ、第6話となります。
今回は「たんかしそうぐ」です。
たんかしそうぐってなに?という方の方が多いのではないでしょうか。
漢字で書くと「短下肢装具」となります。
漢字って便利ですよね。なんとなくイメージ湧くから。
ネットでちろっとみたら株式会社マキタ義肢製作所さんのホームページが
分かりやすいかも。
下肢装具って足をいろんな形でサポートする道具の一つに短下肢装具ってのが
あるんですね。
団員、奈月(以下なっちゃん)の娘が短下肢装具を使用しています。
歌詞をなっちゃんから送られてきた時、
これは娘を受け入れたなっちゃんにしか書けないなと思いました。
僕もゆかも普段は障害者施設に勤務しています。
たくさんのご家族を見てて、なかなかお子さんの障害を認められないご家庭や
お子さんの本当の姿を親という名のサングラスで隠して見てしまっている
親御さんの姿を見てきました。
もっと自分の子どもを信じて自由に羽ばたかせればいいのにと
思うことがたくさんあります。
僕の思いを押し付けるのは間違っていると思いますし、
育ててきたご家庭の苦労の気持ちに寄り添うこともできます。
まだまだ世間の目も冷たいですしね。
ただ支援している僕らはどんな家庭であれ本人に一番最善の支援をするのが
仕事だと思っています。
障害者支援の中でも難しい課題です。
2番の最初の歌詞、
♪
悔しい気持ちも
償う想いも
抗う願いも抱えたけれど
当たり前のように受け入れたら
それより大きな愛しい想い
♪
この歌詞は心にズーンときました。
なんかご家庭との関係に悩んでいた気持ちが
何を悩んでいるのかも分からなかった気持ちが
晴れた気がしました。
レコーディングで歌っているなっちゃんは
とってもたくましい母でした。
そして旦那さんのひーくんの大きな器も感じました。
あーこの夫婦なら娘も大丈夫だな、と思いました。
実際二人の娘は笑顔の可愛い泣き虫な子です。
とても幸せそうに生きてます。
なっちゃんとは何年の付き合いになるんですかね?
学生時代からゆかの後輩で一緒にいまして
今では家族同然のような付き合いをしています。
たまに僕の実家に「帰って」いますからね。
コロナ禍で演奏機会がなくなって会う機会も
少なくなってしまっていますが
もっともっと歌詞提供してもらって
一緒に和太鼓打ってじいさんばあさんになるまで
鼓巴流楽団続けていきたいですね。
曲のアレンジはね、
今までの鼓巴流楽団にはない雰囲気の曲を作ろうと考えていました。
Hiphop風にもっとしたかったんだけど
なかなか自分にあるものからはみ出すのが難しかったですね。
こはるのちゃんこの中でゆかのピアノを使っていない曲は
「たんかしそうぐ」と「だってオイラ」の2曲なんですよ。
鼓巴流楽団にとってゆかのピアノはいつも中心にあるもので
作曲もゆかのピアノから決めていくのが王道でした。
あえてピアノを使わずに何が出来るか楽しんでみました。
でもまだまだです。もっと勉強します。
なっちゃんの娘への大きな愛を歌った曲
「たんかしそうぐ」聞いてくださいね。
#和太鼓 #三線 #バンド #鼓巴流楽団 #RAHULA
「こはるのちゃんこ」第5話 知らぬが仏
さてさて、第5話まできましたこはるのちゃんこシリーズ。
鼓巴流楽団史上一番ふざけた曲、知らぬが仏のお話です。
「知らぬが仏」youtubeはこちら
「知らぬが仏」←その他apple music、LINE music、spotifyなどのサブスクや
レコチョク、itunes store、moraなどの販売サイトなど
あちこちで聞けます
昨年2020年の10月、突然奈月から
「歌詞作った~曲作る?」とライン。
「つづく(仮)」という題の歌詞だったんだけど(のちの、「これからもずっと」)
娘への愛、今もこれからも笑顔で行こうぜ!(雑な言い方ゴメン)って感じの
鼓巴流っぽい歌詞でした。
その後すぐに「ふざけたのもある」と言って送ってきたのが
「いつからいたのさ(仮)」のちの「知らぬが仏」でした。
うっすらと赤く
指先に一筋
水に濡れたら
そいつに気付く
いつのまにやら
生まれたらしい
どこでできたか
覚えてないな
ああ 気付いてしまえば
ああ 気付いてしまえば
ピリッと痛い
ちょっと痒い
最初読んだ時、何を言ってるんだ?と思いました。
「ささくれ」になかなかたどり着けなかった。
でも曲のイメージがすぐに浮かんだのです。
最初ね、作ったのは記録なくてはっきり覚えていないんだけど
軍歌っぽくなっちゃったのね。
ちょっとこれじゃダメだなーと思って、
曲の方向性を決めることにしたのです。
これね、僕が曲作る時にちょっと迷うとやる方法。
方向性1、この歌詞で行くと多分僕が歌うんだろうなぁと思って
「舘ひろしみたいにする」
方向性2、演歌っぽい雰囲気だと合うかな?と思って
「バンドのイメージは夜桜お七」
という方向に曲作りをしました。
そう決めるとね、歌は少し低いスタートで、
曲は取り合えず琴いれるべ、と流れが出来てくるんです。
聞いて頂くとお分かりかと思いますが、舘ひろし要素も夜桜お七の雰囲気も
全くありませんけどね。まあそんなもんです。
レコーディングはちょうどipadからmac bookに切り替わる頃だったので、
少しぐちゃぐちゃになりそうだったけど
まあなんとかまとまったかな、と思っています。
もちろんレベルはまだまだですが。
歌も難しくて、三番まで歌った後の「あ~」と歌いあげる場面は
しっかり歌うとささくれを認めることになっちゃうし、
ヨワヨワしく歌うと曲が締まらないしと、
一回録音して、少しマスタリングするけど納得できず
もう一回歌いなおし、ってのを何回もしました。
イライラして諦めて現実逃避してやる気を無くして治療にあたる、という気持ちですね。
そんな流れで鼓巴流楽団史上一番ふざけた曲ができました。
現状、鼓巴流楽団で生で演奏することは不可能な曲で、きっとコロナ禍でなければ
なっちゃんふざけた歌詞書いたな~で曲に仕上げなかったかもしれませんし、
仕上げたとしても、演奏を考え作曲するのでこんな雰囲気にはならなかったと思います。
コロナウイルスが蔓延して出来ることが出来なくなってしまう世の中になってしまいましたが、
そうならなかったら生まれなかった曲。
なんとも複雑な気持ちです。
ちなみにその三番まで歌った後の「あ~」の裏で、ある曲が流れているのに
気付きました?
是非聞いて探してみてくださいね。
ヒントは「夜桜お七」です。
今回も長々とありがとうございました。
#和太鼓 #三線 #バンド #鼓巴流楽団 #RAHULA
「こはるのちゃんこ」外伝
2020年。
想像していなかった世の中になっていました。
4月からは勤務している障害者施設も活動の内容が大きく変更になり、
明日どうしよう?な日々が続いていました。
月に1回、劇団キラキラというとりあえずみんなで集まって
歌って踊って楽しもうという団体の歌唱指導をやっていました。
そこには障害者の若者がたくさん来ていて、
毎回短い時間でしたが楽しい時間を過ごしていました。
コロナの感染を防ぐために、劇団キラキラは当面の間活動中止を決めました。
毎回劇団キラキラでみんなを笑わせていた彼らはあちこちの施設や企業で
働いている人たちでしたが、コロナの影響で、日数制限されているとか
ずっと家にいる、という話を聞くようになりました。
人が大好きな彼らでしたから、家にずっといるというのは
大変だったでしょう。
またそれを素直に周囲の人に伝えたりすることが難しい人もいたでしょう。
そんな彼らを思い何か出来ないかなと考えたのがYouTubeを使っての
動画配信でした。
鼓巴流楽団では一応アカウント持っていて、いくつか動画上げていました。
みんなに見てもらうというよりは、依頼あった場合こんな雰囲気ですよと
お伝えするために作っていました。
とりあえずゆかと一緒にお試しで録った動画
TWINKLE LULLABY
大好きなTHE PIANO GUYSさんのキラキラ星をアレンジした曲。
これが最初の動画でした。
それから2分間、5分間だけでも嫌なこと忘れてくれる時間が出来るといいな
という気持ちを込めて、BIGINさんの曲なんかも送りました。
そんな時T-WAVE合唱団の団員のべーちゃんとちーちゃんからWe are the worldの
演奏依頼を受けたり、T-WAVE合唱団の高浪先生からリモート録音した団員の夏の思い出の声をマスタリングしたりしながら、少しづつ家で録音したりマスタリングする機会が
増えてきました。
鼓巴流楽団も団員同士会えない中、リモートでの録音に挑戦。
小さな一歩を始めたくさんの曲を録音しました。
盟友のティダのハイビスカスや愛染恭介さんのある街のレクイエムを
カバーさせて頂いたのは良い経験になりました。
そんなことをやっていると人間もっと良い音で録りたいと思うように
なりますよね?僕だけですか?
ということで、DTMもどんどん本格的になってきました。
生演奏を主に考えてきた鼓巴流楽団にとっても大きな変化でした。
今回の「こはるのちゃんこ」に収録している曲の中でも、
新曲の「知らぬが仏」や「たんかしそうぐ」は今までの鼓巴流楽団の曲からは
想像できない雰囲気の曲になりました。
そして音楽配信。
apple musicやレコチョクに自分たちの曲が配信されているのは夢のようですね。
ただね、僕の周囲の方々、サブスク?ダウンロード?な方々ばかりだったのが発覚。
まだまだ普段から無駄に音楽を聴く習慣は少ないのですかね。
賛否ありますが、サブスクって僕は良いサービスだと思うんですけどね。
まあそんなこんなで鼓巴流楽団初めてのデジタルアルバムの配信となったのです。
まだまだ荒削りで未熟でお恥ずかしい曲の仕上がりですが、
蛇三味ロックバンド ティダの雄志ちゃんの「作った歌は聞いてもらわなきゃ」の
後押しもあり、頑張って作ってみました。
たま~に思い出した時に聞いてくださいね。
次回は「こはるのちゃんこ」第5話~知らぬが仏~
鼓巴流楽団楽曲史上一番ふざけた曲の誕生秘話。お楽しみに!
#和太鼓 #三線 #バンド #鼓巴流楽団 #RAHULA
プロフィール
HN:
RAHULA
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
和太鼓ユニット「RAHULA」(ラーフラ)
ATSUSHIとYUKAの二人で2006年8月結成。
国立音楽大学「どじょっこ合唱団」で知り合い、
2003年に神奈川県藤沢の神童太鼓に入会。
2006年7月の舞演会を最後にに退会。
その後和太鼓ユニット「RAHULA」を結成。
8月愛光病院夏祭りにて初お披露目。
祭、イベントへの出演の他、バンドサポートなどにも
参加。
2007年12月、RAHULA主宰のもと「鼓巴流楽団」(こはるがくだん)を結成。
和太鼓での活動に加え、歌・ピアノ・三線の編成での演奏活動も初め活動の幅を広げている。
ATSUSHIとYUKAの二人で2006年8月結成。
国立音楽大学「どじょっこ合唱団」で知り合い、
2003年に神奈川県藤沢の神童太鼓に入会。
2006年7月の舞演会を最後にに退会。
その後和太鼓ユニット「RAHULA」を結成。
8月愛光病院夏祭りにて初お披露目。
祭、イベントへの出演の他、バンドサポートなどにも
参加。
2007年12月、RAHULA主宰のもと「鼓巴流楽団」(こはるがくだん)を結成。
和太鼓での活動に加え、歌・ピアノ・三線の編成での演奏活動も初め活動の幅を広げている。
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